2008年12月11日

Seven Seas Of Rhye (上)

寝ても醒めても視界を占め続ける、様々な諧調の青と白。

吹き付けるのは潮っぽく湿った風。

耳に聞こえてくるのは、時に高く時に低く、轟くような囁くような波の音。


数ヶ月に及ぶ航海で、数え切れないほど繰り返されたそうした諸々を、彼女は懐かしさすら覚えながら思い返している。
今、湿り気の多い風の他には、それらは彼女の周りにはない。

船は彼女を置いて、水平線の向こうへ去った。

彼女の旅は終わったのだ、ひとまずは。

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2007年06月26日

Funny How Love Is

暗黒のアフリカ大陸最南端、ケープ。

そこから陸づたいに何日か引き返した辺りにある、ひっそりと奥まった入り江に、数日前からゴスホークは錨を下ろしていた。

先のエスパドンからの逃走劇で負った船体の損傷は、意外に深かった。
船体の上部構造を狙う、フランス人特有の奇妙なクセがなかったら、立ち往生していたのはゴスホークの方だったろう。
船体の傷を塞ぎ、壊れた滑車は再生し、ちぎれたロープを編みなおす。
停泊し始めてからこっち、水夫達は毎日へとへとになるまで働きづめだったが、なぜかただの一人として、不平をもらすどころか疲れた顔すら見せず、揃ってヘラヘラ笑っている様は、明らかに異常と言えた。



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2006年12月24日

Have Yourself A Merry Little Christmas

よぉ、親父、エールをくれ。

クリスマス・イブだってぇのに、カウンターでやさぐれ野郎どもの世話たぁ、気の毒なこったぜ。

まったく、どいつもこいつもガン首揃えやがって、せっかくのクリスマス・イブだぞ。
とっとと手前ぇのイイ子んとこへ行くか、親のいるヤツぁ家へ帰って、たまにゃ孝行のひとつもしてみやがれってんだ。
ズラリ赤ら顔並べて、バカ騒ぎしどおしのごく潰しどもが。

なに、手前ぇに言われるスジ合いはねぇ?
そういう手前ぇはどの面さげてエールなんぞあおってやがるってかい。

若ぇの、口の訊き方ってもんについて、一手ご教授に及びてぇとこだが、あいにく今夜は聖なるクリスマス・イブときやがる。
店で騒いじゃ親父に済まねぇ。
それに俺ゃあ平和主義者だ。
手前ぇら海のごく潰しどもが、さっさと家へ帰ってみたくなるように、ひとつためになる話をしてやろう。

百本腕から手前ぇらへの、クリスマスの贈り物ってわけよ。



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2006年10月09日

The March Of The Black Queen(後編)

夜闇の水平線におぼろに見えていた帆影は、みるみる距離を詰めてくる。
夜が明ける頃には、遠目にマストの艤装が分かるほどの距離まで迫っていた。
やや鈍重な戦闘仕様ガレオンに、追い風から可能な限りの推進力を搾り取る為のバーク帆装をほどこしたGoshawk。
後方から追いすがる船は、スリムな船体に見るからに軽快なスクーナー帆装。
発見と同時に転進したゴスホークだったが、風向きのせいもあって引き離すのは難しそうだ。

ギニア湾岸の、しかもこんな半端な航路をとって航行するゴスホークに、ヒモで繋いだようにぴったりついてくる。
どう楽観的に見ても、この船が何らかの意思を持った追跡者であることは間違いない。
総員戦闘配置についた水夫達は、背後からじわじわと近づく相手の正体をあれこれ推測しあいながら、絶え間なく下される命令に従ってマストを上っては下り、甲板を走っては索具を引いていたのだった。



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2006年07月17日

The March Of The Black Queen(中編)

ジブラルタルを東から西へ通過して、大西洋をアフリカ西岸沿いに南下するH.M.S.Goshawk。

ナポリを出航後、東地中海方面へ巡航していた船は、なぜかトリポリ沖でにわかに進路を反転、アフリカ北岸スレスレをひたすら夜間に帆走しながら、地中海を抜け出たのだった。

「今度ばかりはどこへ行く気なんだか、さっぱり分からん」

熟練水夫のレイノルズは、腕組みしたまま首をひねった。

「百本腕の気まぐれは、今に始まったこっちゃねぇだろ」

面倒くさそうにエミリオが欠伸まじりで混ぜっ返す。
このところ夜間の当直時は、おちおち居眠りも出来ないので眠くてしょうがない。

「だいたいが、今度の航海は腑に落ちねぇ。ナポリを出てからこっち、砲撃訓練もねぇくせに、船倉はメシと水以外は空荷ときやがる」

血の気の多いギャレスは戦闘訓練がないのが大いに不満なのだが、では商用航海かといえばそうではないのだから分からない。

「一度も寄港してないけれど、ひょっとして船長はお尋ね者にでもなってるんじゃあ…」

例によって常に悲観的な観測を述べるのは、肝の小さなマシューの役回りである。

「なるほど船長は凶状持ちだからな」
「ぬかせ、枯れても百本腕だぜ、そう簡単に尻尾掴ませるかよ」
「あれじゃあねぇか、前に港湾局の倉庫から装薬ガメたのがバレたんじゃねぇのか」
「バカ野郎、装薬ぐれぇで追っ手かける律儀な役人なんざいねぇ」
「それじゃ、なんだってこう何度も何度も船体塗り替えたりすんだよ」
「知るかよ、んな事ぁ船長に聞けよ」
「シッ!おい、合図だ合図! 静かにしろって」

水夫達は、舷側からぶら下がったボースンズチェアの上で、ハケを握りしめたままそろって息をひそめた。



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2006年05月19日

The March Of The Black Queen(前編)

のぼる朝日をバウスプリットに引っ掛けて、地中海を行くH.M.S.Goshawkに、朝直の四点鐘が響く。

岩の間のタコの抱えるタマゴのように、ハンモックの揺れる薄暗い下層甲板の一角。
ぼんやりと濁るランプの明かりを囲んで、交代を控えた左舷直の水夫達が、抑えた声でぼそぼそ話しながら朝飯を食べている。

「ジェイコブの野郎、軟膏の大瓶で頭ぁ割られそうになったってよ」

熟練水夫のレイノルズがスプーンを左右に振って言った。

「いや、マルチェッロのヤツなんざぁ、包帯で梁から吊るされたって話だ」

すかさずまぜっかえすのはカギ傷のエミリオ。

「右舷直のパトリスがな、夜半の六点鐘に部屋の前通ったら、明かりがついてて中からブツブツ声が聞こえたんだと」

無鉄砲のギャレスが、らしくもなく一層声をひそめる。

「や、やっぱり悪魔に魅入られてるんじゃあ…」

臆病者のマシューが心細げに語尾を震わせたのに、全員が顔を見合わせてうなずこうとしたその時だった。


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2006年04月12日

Nevermore

小生ことギルベルト・ギュンター・フォン・ミュンヒハウゼンが、リスボンからアムステルダム行きの便船に乗って、三月以上が経過した。

通常、北海航路の便船は、2週間程度の日数をもって両港を結んでいる。
道中の海域は、往来する船舶も多いが、諸国海軍の哨戒活動もまた密である。
ゆえに、あえて海賊行為を働こうなどと思いつく不届き者もなく、航路はまるで、かつてローマ人達が敷設した街道を行くがごとく、快適そのもの。
本来ならば、とうにアムステルダムへ到着しているはずである。

しかるに、小生の足の下には板をへだてて、うねり続ける海原がある。
のみならず、小生が手にしているのは、身の丈をはるかに超える長大なオールであって、両隣にはむさ苦しい男どもがぎゅうぎゅう詰めに座っているこの状況はなんとした事か。


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2006年03月27日

The Fairy Feller's Master Stroke

マルセイユから海岸線を左にみて東、半島をぐるっと回り込んだところにあるサントロペ。
ずっと後の時代にゃあ、一大高級リゾート地に成り果てちまうこの港も、俺たちの時代にゃ、交易船が目もくれねぇさびれた漁村にすぎねぇんだ。


H.M.S.Phantomが、サントロペに投錨してもうじき1週間になる。

サントロペにゃあ、言ったとおり海産物の他にゃ何もねぇ。
後世、多少評判をとる「ラ・タルト・トロペジエンヌ」なんてのも、ブリオッシュ生地でカスタードをはさんで砂糖まぶすだけって単純な菓子だ。
(関係ねぇが、ブリオッシュってのはちょっと俺に似てんな)
「コート・ダジュール」なんつって、世界中からヒマな金持ちがひなたぼっこしにくるようになんのも、はるか先の話。


つまりは、一言でいうとド田舎ってことだ。




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2006年03月21日

Ogre Battle

インド航路へ出て行く俺たちが最後に寄港したのは、大西洋の玄関口・マディラ港だ。
ロンドンで積んだ水の樽が、どうも妙なにおいがしたんで、積みなおすことになったんだ。

リスボンあたりからお手軽にやってくる砂糖交易船、インディアスへ向かう物資運搬船だろ、それからヴェルデ岬沖へ哨戒に出てく海軍の分遣艦隊所属艦に、俺たちみてぇなインド航路組、インディアス方面から戻ってきた財宝運搬船まで入港して、そりゃあ賑やかなもんさ。

なんたってマディラは一大中継地だもんな。

そう広くもねぇ埠頭は、揚げ降ろしされる荷物と人間とでごったがえす。
埠頭の係留料金も時間あたりでキッチリ徴収される世知辛いご時世だろ。
人足の引き抜きやら、デリックや艀(はしけ)の取り合いで、喧嘩沙汰だってしょっちゅうさ。
日当たりいいわ虫は多いわ、港湾管理の役人どもの手際は悪いわで、どいつもこいつも喧嘩っ早くなってるもんだから。

いや、ウチの船長なんか端っからやる気満々だよ。

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2006年03月16日

Loser In The End

まばゆい陽光降り注ぐナポリの昼下がり。

夕方からの仕込みも終わり、隅のテーブルで昼寝をするジョヴァンナの耳に、ドアに付いたベルがこっそりと鳴るのが聞こえた。

(…またどこかの田舎者だよ。昼間っから貧乏臭いったら…)

イタリア人はメリハリの利いた人種なので、せっせと働くだけ働いたら家へ帰ってたっぷり時間をかけて昼飯を食い、3時ごろまでは昼寝をする。
「準備中」なんぞと無粋な札がかかってなかろうが、その間はどこの店も休みなのだ。

しぶしぶまどろみから覚めたジョヴァンナがぼんやりと薄目をあけると、見知った男が足音を忍ばせて近寄ってくるところだった。
ひょいと片眉をあげて、右手で「そのまま」の手振りをすると、同じテーブルの向こうへ腰をおろし、頬杖をついて昼寝をはじめた。

(なんだ、あんたか…)

ジョヴァンナは再びまどろみへと戻り、数分後には静かな店内に、寝息と低いイビキの二重奏が流れた。



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2006年03月13日

White Queen

on the sea.jpg


小生ことギルベルト・ギュンター・フォン・ミュンヒハウゼンが、得体の知れぬ船乗り探しの旅から、テージョ川の流れ注ぐリスボン港へとようやく帰り着いた頃、季節はぐるりと巡って再び春が訪れようとしていた。


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2006年03月12日

Father To Son

「よいか弟子よ、戦術の基礎は先手をいかにとるかだ」

ペイリン修道士は、たった今鮮やかなストレートで吹っ飛ばした鎖帷子の男を見もせずに、俺の方を振り返りながら言ったもんだ。

「ことに、こちらの戦力が相手より数で劣る場合は特にこの点に注意せねばならんぞ」

そう、相手の傭兵くずれは5人もいやがったわけで、まさにこの講釈にゃぴったりの場面だった。
いや、1人動かなくなったから残りは4人か。


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2006年02月07日

The first (?) diver

(ジブラルタルに程近いとある入り江にて)

いい天気だ。
ここらは日差しがあったかくっていいよな。

弾よけ修行に疲れた俺たちは、しばし北海を離れることにした。

今、俺が後部甲板から見下ろす中央甲板じゃあ、ある実験の準備が進められてる。
慌ただしく動き回る水夫達の真ん中に見えるのは、ズングリとした妙な甲冑だ。
ジョーの差し出した砂時計を確認した俺は中央甲板へ声をかけた。

「よぉし、最終チェックかかれ。マリオの野郎を土左衛門にしたくなけりゃ気合いれてやれ」

おぅと応えて動き出す連中を眺めてふり返った先には、さえない顔の男が一人。

「上手くいきますかねぇ…」

あくまで自信なさげなそいつ、フィリッポ・チェントーニは、今回の仕事の言いだしっぺだ。


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2005年12月31日

百本腕の消息.4

ブリジットねえちゃんへ

おげんきですか。
まえにねえちゃんとプリマスのさんばしでおわかれしてから10かげつすぎました。
ぼくののったブリアレオスせんちょうのふねは、インドにいったりかいぞくとたたかったりおおあらしにあったりしました。

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2005年12月29日

百本腕の消息.3

<ギルベルト・ギュンター・フォン・ミュンヒハウゼン男爵の書簡より>


…以上の調査結果から小生は以下のようにご報告申し上げます。

ブリアレオス船長はかなり高い確率で欧州近海に到達していると断定していいでしょう。
アフリカ西岸から大西洋を横断する事も考えられますが、聞き込みによる物資補給の状況から推量するに、この可能性は低いものと思われます。


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2005年12月28日

百本腕の消息.2

<ポートルイス在住の理髪師ミゲル・バスケスの証言>


お客さん、昨日入港した船に乗ってなすったんでしょ。
いやぁ、なにせこんな辺鄙なとこですからねぇ。
めったに船なんか来やしない。
せいぜい、あの妙ちきりんなガチョウの親分見に来る物好きくらいですよ。

どちらからいらしたんで?
カリカット?ほぅら御覧なさい。
カリカットからにせよ、タマタブからにせよ、ここいらへは随分かかったでしょう?
ここへたどり着く頃にゃあ、皆様ホウキみたいな頭になってるって寸法で。
おまけにここじゃ床屋はウチ1軒きりですからね、食いっぱぐれの心配がないんで。

あ、ちょいと下向いてくださいな、襟あしんとこ揃えちまいますからね。続きを読む
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2005年12月27日

百本腕の消息

<インド南岸・マンガロール漁港の銛漁師ナヒーン・マジの証言>

ここらの海も、あんた達みたいな他所の船乗りが沢山来るようになったもんだよ。
どんどんやって来ちゃあ、どかんどかん大砲撃ったりするもんで、こっちゃ商売上がったりさ。
どのみちここんとこ漁どころじゃあなかったけどな。


ヒゲで髪の長い大男?
浅黒い顔で、後ろ頭の髪を一束だけ別にくくった?
おぅ、3本マストの船でやって来たなぁ。
白地に赤い十字の旗と、腕のいっぱいついたナーガみたいな模様の旗揚げてたっけな。
そうだな、12月も頭のことだったよ。


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2005年10月27日

Calamity comes back again (3)

「悪ぃが他をあたんな。俺ゃ陸で倉庫番なんざやらねぇんだ」

「いえ、船乗りとしてのあなたの腕を見込んでのお願いなんです」

「お前ぇさんとこの商船隊にゃあ、大層ご立派な12ポンド砲が載ってるらしいじゃねぇか。それにラポルト商会の依頼とくりゃあ、護衛の軍人くずれなんざ入れ食いだろ」

けんもほろろ。
まるでとりつくしまがない。
明らかに乗ってこないブリアレオスは、クリスティーヌの予想を外れた。
フランドルの実家からの依頼を幾度もこなし、引越しの護衛も引き受け、手紙もやり取りし(ブリアレオスの返事は3度に1度しか戻ってこないが)、それなりに親しい間柄だと思っていたが。
渋りながらも乗ってくれると思っていただけに、この釣れない素振りはよほど自分を嫌ってるのか、それとも実は臆病者なのか。

じりじりしながらクリスティーヌは気ばかりあせる。
この男の力が必要なのに。

鼻からため息を抜きながら、ブリアレオスは横目にクリスティーヌを見て言った。

「お前、相変わらず駆け引きヘタだな。よくそれで支配人なんぞ務まるもんだ」

「駆け引きだなんて」

「交渉事ってなぁ、Pleaseって言っちまったもんが負けんだよ」

ブリアレオスは、いかに旧知の仲とはいえ、若い女がいきなり船へ押しかけてくる用が昔語りや顔見せの延長だと思うほどお目出度くはなかった。
助けてくれなんて言われて、荷受け仕事や商船護衛程度の話だとはハナから思いやしない。
それでなくとも女では痛い目を見ているのだ。
ミドルトン家をめぐる一連のゴタゴタ騒ぎでは、繰り返し煮え湯を飲まされ続けたブリアレオスだった。
かつて知るじゃじゃ馬娘と、思わせぶりな切り出し話のとりあわせは、ブリアレオスを警戒させるのに十分すぎた。
隠し事をされるのがキライなブリアレオスは、妙に遠まわしに他人行儀な出だしに厄介なウラの匂いを嗅ぎ取ったわけだ。

「それに、俺の知ってるフランドルの小娘は、しおらしくお願いなんてしねぇのさ」

まっすぐに向き直ったブリアレオスは、とぼけた顔のまま右眉を吊り上げた。

「それとも支配人様は昔の流儀なんぞはお忘れか?」

クリスティーヌの顔に生気が戻り、目と口元にはにかんだ笑みが浮かんだ。

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2005年09月27日

Calamity comes back again (2)

上陸して用事を済ませたハンスとホセを乗せたカッターが、ペレグリンの停泊する沖合いへ向けてすべるように進む。
ブリアレオスの妙な習慣のせいで、荷おろしと積み込みに大型の艀を手配しなければならず、毎度手続きの手間と費用がもったいないホセだった。

「今回はすんなり片付いてよかったですな、副長」

ハンスはこっちを見るだけで無論返事はないのだが、いつものような張り詰めた緊張感もないのは、ハンスなりに機嫌のいい証拠だ。

「日曜をゆっくり楽しんで、月曜には沖出し出来まさぁ。…と、なんですかい、ありゃあ」

ペレグリンに一艘の艀が横付けしているではないか。
ゆったりと大きめで、ラテンを引っ掛けた1本マストを申し訳程度に押し立てている。

「…青地に紡ぎ車と走る羊が3頭だ」

すかさず望遠鏡を向けたハンスが掲げられた旗を識別する。
その紋をもつリスボンの商家が、たしかあったはずだった。
商家が何の用だろう。
怪訝に思いながら、二人は漕ぎ方を急がせた。



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2005年09月22日

Calamity comes back again (1)

ブリアレオスは、リスボンへ入港しても絶対に船を岸壁へ着けない。

どれほど埠頭が空いていようが、積み下ろしの荷が多かろうが、決まって港の入り口に近い一角で陸を背にして投錨する。
他の港では、どれだけピタリと埠頭へ横付け出来るか、操船の出来に子供のように一喜一憂するのだが、リスボンでだけはガンとしてこの流儀を通すのだ。


今日もH.M.S.ペレグリン(さっそくハデにぶっ壊したオスプレイの姉妹艦)は、ベレンの塔を斜め後ろに見ながら沖合いの一角に錨を下ろしている。
港内では操砲訓練は出来ないので、全砲門はしっかりとカバーをかけられ索具で固定されている。
鉄面副長ハンスとしまり屋主計長のホセが揃って上陸していて、船内にはどことなくのんびりした雰囲気が漂い、折からのゆるい潮風とゆっくりした波音は眠気を誘う。
当直員は日課の甲板磨きも済ませて、索具と帆の点検やらペンキ塗りやらをこれまたのんびりとやっている。
明日は日曜。
全員上陸休暇をもらって、陸で羽をのばすのだ。
非直の船員たちも上陸用の小奇麗な服を用意したり、ポルトガル出身の仲間を捕まえてポルトガル語の口説き文句を教わったり、なんとものどかな午後を過ごしていた。

当直のライベンは、こんな時でも檣頭(ヘッド)の「巣」におさまって港の方へ目をやっている。
以前に秘密裏に停泊中の港で、入港がバレて(酒場でバックドロップと「ロンドン橋」をやればイヤでもバレるのだが)、借金取りが船まで押しかけたことがあった。
それ以来、借金を完済して後ろ暗いところがなくなった今でも、始終見張りを立てるのが習慣になったのだ。

ライベンは、港内を無数に行き来する艀の全てを目で追っている。
もちろん一隻一隻を見ているのではなく、全ての動きを視野に入れて気になる船を見分けるのだが、これとても常人にはなかなか難しい芸当だろう。
そのライベンが、ペレグリンに近づいてくる艀を視野の隅にひっかけた。
先に上陸した連中のカッターかと思ったが、妙に小奇麗で優美なデザインは絶対にペレグリンの艤装品ではありえない。

「Ship a hooooy」

即座に甲板へ報告の第一声をあげながら、けれどこれがペレグリンを一騒動へと引き込む潮の変わり目だとは、神ならぬライベンには知る由もなかったのだった。


ライベンのところからは甲板の様子がよく見える。
甲板には気持ち引き締まった空気が流れたが、近寄ってくるのがごく小さな艀で、船を操っているのがいかにも商家の手代風情なので、ほとんどの者が元の仕事へ戻っていった。
こういうときに動くのは、どうしても下っ端だ。
この船では一番年齢の若いジョーに、そういう仕事のほとんどはまわる。
ジョーは舷側から身を乗り出して、艀の客から来意を聞いている。
取り次いだジョーが小走りに船尾へ急ぎ、下層へと階段を下りていった。

ややあって、ブリアレオスが昇降口をすごい勢いで駆け上がって来るのが見えた。
ただならぬ血相に、甲板には妙な緊張感がはしる。
甲板へ出たブリアレオスは落ち着かな気に左右を見回している。
空気を読まないバーニィがなにか声をかけ、即座にラリアットを喰らって昏倒する。

(また「熱いね大将、思い人のご来訪かぁ?スミに置けねぇよな、船長も」とか言ったな)

見れば、来客はすでに艀を横付けして、舷側を上がって来ようとしているようだ。
ブリアレオスは、フォアマストの方でトップスルの掛けなおしを指示していたトマへ、妙にひそめた調子で何か言っている。

(「出来るだけ時間を稼げ」?)

言いつけると、当惑するトマを残して、なんとブリアレオスはメインマストへ上りはじめたのだ。
わき目もふらずに、ライベンの居る檣頭めざして一直線。

(あぁ、さては…)

と思いながらライベンは甲板へと視線を戻す。
舷側のそばから軽いどよめきが上がるのと、ブリアレオスがライベンの「巣」へ転がり込んだのはほぼ同時だった。

「ライベン、ライベン、匿ってくれ」

必死のブリアレオスを視界の端でとらえながら、ライベンは舷側を上ってくる「客」へと視線を注いだ。

潮風に服のすそをひらめかせながら上ってきたのは、ライベンの想像していたとおりの人物だった。
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