2007年01月28日

南極物語

2007年ももうじき最初の一月が終わっちまう。

暮れからこっち色々あって、更新どころかロクに遊びもしてねぇんだが。
こればっかりは無い袖はふれねぇってヤツで、まぁ、ちょいと勘弁してやってくんな。

で、海へ出ねぇ俺は何やってんのかってぇと、mixiなんかご覧の向きにゃあネタも割れてんだが、本読んだり映画見に行ったり、またぞろ例の「充電期間」ってわけだな。

で、今日はそんな中で拾った話で、とりあえずくたばってねぇってお知らせ代わりって寸法よ。



今月発売の『月刊モデルグラフィックス3月号』。
「南極物語」と題した特集が気に入ったんで買って来た。
奇しくも去年、2006年は、戦後の日本の第一次南極観測隊が南極へ向かって50年目に当たってたんだな。

南極観測の歴史はもっと前までさかのぼる。
そもそも、南極に大陸があることが確認されたのは19世紀初頭のこったから、俺達の時代にゃあ暴風圏の向こうに何があるかは、まるで分かっちゃいなかったわけだ。

色々と詳しいことが分かって、スコットとアムンゼンが人類史上初の南極点到達を競ったのが1911年の暮れ。
タッチの差で一番のりを逃がしたスコット隊は、帰路に全滅。

南極点ったって、別になにかがあるわけじゃねぇ。
せいぜい、凍り付いてねぇ方位磁針がぐるぐる回って足元を指すぐらいなもんだ。
ただそれだけの為に、どいつもこいつも帰ってこれるかどうかも怪しい冒険に乗り出して、実際に帰って来れねぇヤツもわんさと居た。

それでも人跡未踏の地へとヤツらを駆り立てたのは何だったんだろな。



日本の南極観測の歴史は、戦前の白瀬 矗までさかのぼる。
このおっさんも、200t足らずの木造帆船で南極まで行っちまったり、面白ぇんだが、バッサリと割愛。


太平洋戦争の敗戦から10年、世界から「4等国」扱いされてた日本が、本格的な南極観測事業へ乗り出したのは1956年の事だった。

国内じゃあ、食う物にも事欠くようなご時勢だ。
まさに国をあげての大事業だったが、なにせ無い袖はふれねぇ。
調達出来た船は、20年近く前に建造された旧ソ連製の中古貨物船って有様だ。
戦中は徴発されて特務艦、戦後も大陸からの引き揚げ船、その後も海上保安庁で補給船にとこき使われてた老朽船「宗谷」を、えれぇ大突貫工事で砕氷船に改装したってぇ、このくだりだけでも、船好きならメシ3杯は軽い。

『モデルグラフィックス』は模型雑誌なんで、この特集もハセガワの1/350宗谷発売に合わせた特集なわけだが、模型雑誌といやぁどこもかしこもガンダム一色な中で、こいつぁ実によく出来た特集だ。

実際の宗谷の写真は言うに及ばず、その船歴から関連事項まで網羅し、出色だったのは、第一次から第五次までの観測時に宗谷の舵輪を握った、元操舵手の三田安則氏のインタビュー記事。

宗谷は砕氷船として改装された際に、砕氷時の安全の為に、船体の動揺止め用のビルジキールって部品を取っ外しちまってて、めちゃくちゃ揺れる船だった事。
砕氷機能として、船体の前後に分割されたバラストタンク間で水を移動させて、ピッチングを起こして氷を押し割るって機能が設計されてたが、まるで役に立たなかった事(また、これを「設計した人には申し訳ないが」と前置きして語ってたり)。
だもんで実質、砕氷の手としては、船首からぶつかるチャージングしか手がなかった事。
第一次観測の時、氷に閉じ込められて身動き出来なくなった時、冷戦下で微妙な関係だったソ連の砕氷船オビ号に救助された事。
第二次観測の時、またしても氷に閉じこめられたが為に、交代の越冬隊員を送り込む事が出来ず、やむなく犬ぞり用の犬達を置き去りにせざるをえなかった事等々…。

実際に舵をとった人間の言葉はやはり重くて確かだ。

しごく淡々としたインタビュー記事に過ぎねぇんだが、なぜか俺ゃあ読み進めながら、何の涙か分からねぇ涙がじわじわ来ちまって、ちょいと困った。
(最近、やたら涙もろいんだよ。トシか?)


宗谷は1962年に観測船としての役目を終えて、1978年まで巡視船として勤めた後に解役、現在は東京・お台場の「船の科学館」で、南極観測船時代の塗装をほどこされて公開されてるそうだ。


興味の沸いたヤツぁ、ちょいと本屋で立ち読みしてみたり、お台場へ足ぃ伸ばしてみてくんな。
posted by ブリアレオス at 12:52| Comment(4) | TrackBack(0) | 航海日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こりゃまた、タイムリーな話題で。(笑)

自分も、年末の休暇にお台場の船の科学館に
行って宗谷の中を見てきました。
戦前にソ連輸出用に作られた耐氷貨物船を
海軍に編入、奇跡的に大戦を生き残った
その船を改造したのが初代南極観測船の
宗谷なんですね。

観測船の座をふじに譲って引退した後も
海上保安庁の巡視船として現役を続け
たりと、異常に寿命の長い船ですが、
お台場にある船体は塗装は観測船ですが
内部の構造は改造されていました。

船の科学館では、ちょうど南極展が
行われていて、南極の氷にも直に
触れてけっこう楽しめましたよ。

P.S.
科学館のあるお台場(13号地)は、新日本丸の
母港なんですね。ちょうど、年末で寄港して
いて、中は入れなかったけれど勇姿を見る
ことができました。
Posted by Ranzo at 2007年01月28日 20:57
>Ranzo
すっかりごぶさたしちまってんな。

「宗谷」の後を継いだ「ふじ」の方は、前にも書いたが、名古屋港に係留されてて、こいつは中身もほぼそのまんま(ヘリ格納庫は資料展示室に改装)。
雪上車やらヘリやら色々展示してあって面白ぇ。

さらにその後継いだ「しらせ」も、ぼちぼち退役だ。
後継の探査船こさえる計画が立ってるが間に合わねぇんで、まだしばらくは「しらせ」で行くそうだ。

なんてぇか、やっぱ人跡未踏の地を切り拓くってぇのはロマンだ。
Posted by ブリアレオス at 2007年01月28日 22:37
今ちょうど日刊スポーツで南極観測隊に同行している記者のレポートを連続モノでやっているのね。今日は南極の山(ボツンヌーテン)の話だったかな。
そこで知ったんですが、今日29日が観測が始まってちょうど50年という記念日だそうです^^
http://southpole.nikkansports.com/
Posted by オンマイビート at 2007年01月29日 16:01
>オンマイ
やっぱ、50周年とかって節目のせいか、テレビなんかの露出も多くなって来てんなぁ。

ボツンヌーテンへ犬ぞりで遠征する話、昔タロ・ジロの本かなんかで読んだことあるぜ。

ケープからちょっと南下すりゃ暴風圏で、その先が南極なんだが、南極へ行けるようになるのはまだまだ先か…。
Posted by ブリアレオス at 2007年01月31日 13:09
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