2006年12月24日

Have Yourself A Merry Little Christmas

よぉ、親父、エールをくれ。

クリスマス・イブだってぇのに、カウンターでやさぐれ野郎どもの世話たぁ、気の毒なこったぜ。

まったく、どいつもこいつもガン首揃えやがって、せっかくのクリスマス・イブだぞ。
とっとと手前ぇのイイ子んとこへ行くか、親のいるヤツぁ家へ帰って、たまにゃ孝行のひとつもしてみやがれってんだ。
ズラリ赤ら顔並べて、バカ騒ぎしどおしのごく潰しどもが。

なに、手前ぇに言われるスジ合いはねぇ?
そういう手前ぇはどの面さげてエールなんぞあおってやがるってかい。

若ぇの、口の訊き方ってもんについて、一手ご教授に及びてぇとこだが、あいにく今夜は聖なるクリスマス・イブときやがる。
店で騒いじゃ親父に済まねぇ。
それに俺ゃあ平和主義者だ。
手前ぇら海のごく潰しどもが、さっさと家へ帰ってみたくなるように、ひとつためになる話をしてやろう。

百本腕から手前ぇらへの、クリスマスの贈り物ってわけよ。



ネズワースの爺さんは、俺が生まれる前から船乗りで、俺が洟垂れのガキの頃にはもう爺さんだった。

その頃俺はまだ船乗りにゃなってなくってな。
なにせ、そのちょっと前に修道院からずらかったばっかりのガキだろ。
船着場のそばの船乗り相手の旅篭屋へ世話んなりながら、そこの下働きやら港の荷揚げの手伝いをやってたんだがな。
1階は酒場で、2階から上が気持ちのいい客間になった、こじんまりした旅篭屋だったよ。
小さいが頑丈な年代物のテーブルが4脚、3席しかねぇカウンター、その向こうのりんご樽の向こうを入ってって、突き当たりのドアを抜けた先の裏庭の隅に、レンガ造りのトイレがあってな。
客間は3つで、こいつも年代物のベッドに真っ白なシーツがかかってた。

切り盛りしてたのはマギーおばさんって気風のいい女将でな、樽みてぇにでけぇ尻で、腕も特大のハムみてぇで、実際腕っ節も強かった。
並の酔っ払いなんざぁてんで相手になりゃしねぇんだ。
俺ゃあ、300ポンドくれぇの牛みてぇな船乗りを、マギーおばさんがガキにおしおきでもするみてぇに、ドアの外へ放り出したのを見たことがある。

腕っ節もそりゃあ強かったが、マギーおばさんはすこぶる付きに気立てがよくって、いい女だった。
客間のベッドへかけるシーツや食堂のテーブルクロスは、どこの家も比べ物にならねぇくらい真っ白に洗ったし、マギーおばさんのこさえたミンスパイはこの世のものとは思えねぇほど美味かったもんだ。
裏庭は冬以外はいつも花でいっぱいだったし、おばさんが洗濯しながら歌う声は、やわらかく透き通ったソプラノだったもんよ。


ネズワースの爺さんは、船乗りとしちゃああまり評判はよくなかった。

それは、爺さんが長くは船に乗らねぇからだった。

腕はよかったさ。
あの頃、ネズワースの爺さんほど遠目が利く見張りはケープのこっち側にゃあいなかったし、マストを登るのは誰より速く、ロープを引くのだって3人前は引いた。
そんなネズワースの爺さんは、けれど何があっても1年以上の航海にゃあ出なかった。
どんなに給金をはずんでも、力づくで強制徴募されても、1年たつまでにゃあ必ずこの船着場のあたりへ舞い戻っちまってた。
雇い主にしてみりゃあ何とも使いづれぇ船乗りだったのさ。

誰もその理由を知らなかったし、けれどネズワースの爺さんはそれ以外は文句のつけようのねぇとびきりの船乗りだったしってんで、この変わり者の船乗りは、そこらじゃ「陸者もどきのネズワース」なんて呼ばれてた。



けれどな、俺ゃあネズワースの爺さんが、なんで「陸者もどき」なのか知っていた。

爺さんがなぜ1年もたずに船を降りちまうのか、その訳を俺に教えてくれたのは、他ならぬマギーおばさんだった。

「あの人はね」

おばさんは、クリスマスのごちそうの鶏の腹につめものをしながら言ったもんだ。

「あの人は約束をしたんだよ、うんと前にね」

針と糸で鶏の腹を縫い合わせたおばさんは、エプロンで手をぬぐって続けた。

「あの人、うんと前にウチへ下宿しててね。その頃のあたしゃあ、イトスギみたいにやせっぽちな娘っこだったのさ」

目を見張った俺を、おばさんは指ぬきをはめた手でコツンとやってから、小さなグラスのジンをぐいっと一息にあおった。

「それであの人はあたしと約束したんだよ。なにがあっても、クリスマス・イブの夕食だけは必ずウチで食べるってね」

なるほど、ネズワースの爺さんは、毎年決まってこの時期になると港へ舞い戻ってた。
何年も何年も、インディアスへ行こうが、砂糖貿易船でマディラへ行こうが、財宝を積んでオスマンの港へ行こうが、どこからでも必ず戻ってきたもんだ。

その前の年のクリスマス。
人気の絶えた表通りを、ネズワースの爺さんは薄いブルゾンのエリをかきあわせるようにして、この旅篭へと戻ってきた。
泊り客も誰もいない酒場の隅で、爺さんは静かに食事をし、マギーおばさんも静かにその世話をしてたっけ。



とすりゃあその日、ネズワースの爺さんは戻ってきてなきゃいけなかったはずだが、どうしたもんかまだ戻ってきちゃいなかった。

その冬、北海は大荒れに荒れた天気が続いてた。

それにイヤな噂も耳にしてた。
ネズワースの爺さんの乗ったサンダラー号の船主は、オッペンハイムってぇごうつくばりな野郎だったんだが、今回の航海も、今にも沈んじまいそうなほど喫水が深くなるまで荷を積ませたって話だった。
先に港へ着いた別の船が知らせて来たんだ。
最後に見たサンダラー号は、だんだん強くなる風と波に重い船体を軋ませながら、ほんの数ノットしか出せねぇで四苦八苦してたそうだ。

もうクリスマス・イブも夕方だ。
そろそろそこらの辻にゃあ、キャロル歌って小遣い銭稼ごうってぇガキどもがちらほらしだす頃だった。
サンダラー号が戻ってくる気配はまるでねぇ。

マギーおばさんは、いつもと変わらずにてきぱきと旅篭の切り盛りをしてたが、口ずさむソプラノが時に音を外すのを、俺は聞き逃さなかった。



結局、クリスマスの朝が明けても、サンダラー号は戻ってこなかったし、ネズワースの爺さんも戻ってこなかった。
マギーおばさんはさすがに口数も減っちまって、俺ゃあ気がひけちまって、その日はわざと遅くまで旅篭へ戻らねぇようにしたくれぇだ。

そしてその晩遅く、こいつも遅れて到着した定期便船が、ハリッチの沖合いでサンダラー号が転覆したって知らせを持ってきた。

この寒空に冷てぇ北海へ放り出されちまっちゃあ、ちょっと助かんのは難しいってのは、ガキの俺でも分かった。
それで俺ゃあその次の日は借りてきた猫みてぇに、ひっそりおとなしくしてたが、マギーおばさんは昼過ぎまで部屋から出てこなかった。
おばさんの顔を見るのがつらくってな。

で、2、3日ほっつき歩いた俺ゃあ、忍び込むように旅篭へ戻ると、食料庫の隅で息ひそめてたんだ。


いよいよ明日は新年って晩のことだ。

夜更けに表の戸を叩く音で俺ゃあ目が覚めた。
寝ぼけまなこの俺の目の前を、マギーおばさんが転がるように戸口へ走ってくのが見えた。
おばさんはドアの前で息を整えると、そろそろと戸を開けた。

手燭の光にうすらぼんやり浮かび上がったのは、ネズワースの爺さんだった。
床へおっことした塩漬け肉みてぇに砂と塩まみれなうえに、服のあちこちにゃあ海草まで絡ませて、俺ゃあすっかりネズワースの爺さんが化けて出たんだと思って、逃げ出しそうになったもんよ。

そしたらネズワースの爺さんがぼそりと言った。

「すまん。約束に遅れちまったよ」

マギーおばさんはエプロンの裾を握り締めて答えた。

「あたしの勝ちだね、ディビッド。約束破りは重罪さ」

つとめて明るく笑ったマギーおばさんだったが、俺にゃあおばさんが素早く涙をぬぐうのが見えたんだ。

「あぁ、分かってるさ。約束破りは重罪だよな」

そうして二人は酒場の隅のテーブルで、1週間遅れのクリスマス・ディナーをとったのさ。

ネズワースの爺さんが船を降りたのは、そのすぐ後のことだったよ。

その後かい。

マギーおばさんは結婚して、この港にゃあ、船乗りに心地よく酒を飲ます旅篭屋が一軒増えたってことよ。




これで俺の話はお仕舞いだ。

いいか手前ぇら。

せっかくのクリスマス・イブに、手前ぇらみてぇなごく潰し相手に店開けといてくれる親父に感謝しな。
でねぇと揃って地獄でキャプスタン回すハメになっても知らねぇぞ。

何、トイレ?

そこのリンゴ樽の向こうを入ってって、突き当たりのドアの先だよ。

分かったらそっちでぐでんぐでんに潰れてんの連れて、とっとと待ってるヤツんとこへ帰って、手前ぇのハンモックの隣に靴下でも吊るしやがれ。


メリー・クリスマス!
posted by ブリアレオス at 21:11| Comment(3) | TrackBack(0) | Story of Hecatoncheir | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
酒場に一歩足を踏み入れた途端に、ブリ船長の説教が聞こえたので、今日は大人しく退散します(笑)

それぞれに、いいクリスマスを(^^
Posted by ケイロン at 2006年12月24日 22:39
Joyeux Noel!!! (ジュワイユー ノエル)
(ほんとはスペルが違うけど)

聖なる夜は・・・
心静かに、主の降誕を祝うものよ・・・

クリスマスは、家族とともに、
今日までの無事と幸せを、
感謝する日でも、あるのね・・・

かつて昔、欧米の地では、
いつ・・・外から見知らぬ敵が
襲ってくるともしれない、世の中・・・

大航海の時代もしかり

だからこそ、家族の絆を確かめ合い
そして皆に逢える喜びを確かめ合う
そのことを神に感謝する日
それがクリスマスなんですよね。
Posted by Charlotte & Jeanne at 2006年12月25日 00:58
クリスマス企画のDOLブログは数あれど、
これほど唸らされたところは無かったように思います。
見事な物語は、さすがというべきでしょうか。

今年一年楽しく読ませていただきました。
ブリアレオス船長のさらなるご活躍を
ファンとして楽しみにしております。
どうぞ幸多き良い年を、そしてよい航海を。
Posted by Julian at 2007年01月01日 18:08
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