2007年06月26日

Funny How Love Is

暗黒のアフリカ大陸最南端、ケープ。

そこから陸づたいに何日か引き返した辺りにある、ひっそりと奥まった入り江に、数日前からゴスホークは錨を下ろしていた。

先のエスパドンからの逃走劇で負った船体の損傷は、意外に深かった。
船体の上部構造を狙う、フランス人特有の奇妙なクセがなかったら、立ち往生していたのはゴスホークの方だったろう。
船体の傷を塞ぎ、壊れた滑車は再生し、ちぎれたロープを編みなおす。
停泊し始めてからこっち、水夫達は毎日へとへとになるまで働きづめだったが、なぜかただの一人として、不平をもらすどころか疲れた顔すら見せず、揃ってヘラヘラ笑っている様は、明らかに異常と言えた。



修復作業に活気づく上甲板(バカに威勢よく歌まで聞こえるのが、これまた異常である)から、臆病者のマシューがそろりと昇降口へ身を隠したのに気づいた者はいなかった。

ごく標準的なガレオン船体を、これまたごく標準的に隔壁をやりまわして仕切ったゴスホークの下層甲板は、大雑把に前半分と後ろ半分に区分される。
前半分は半舷分ずつ交代でハンモックの揺れる、一般船員達の居住スペース。
そして後ろ半分は、中央の通路の両側と突き当たりに個室のドアが並ぶ士官船員の居住スペースだ。
後部へ続く通路に船員達が踏み込むのは、何かの懲罰でも喰らうか給金を貰う時だけだ。
しまり屋の主計長ホセは、しょっちゅうランプを消して回るので、この通路は常に暗い。
おまけに最後尾あたりには副長居室やら船長居室があるので、後ろへ行けば行くほど不吉とされる。

その不吉な後部通路に、臆病者のマシューはいそいそと向かっているのだった。

昇降口から差し込む薄明かりを外れて、通路の暗がりへ一歩踏み込んだ瞬間。

「どこ行こうってんだ、マシュー」

低くドスの聞いた声が背後からかかった。
マシューはその一歩踏み出した格好のまま急静止し、人形のようにギクシャクと首だけで振り返った。

「い、いや、ゆ、ゆゆゆ指先をきききき切っちゃって、その、て、てててて手当てをををを…!!」

完全に狼狽したマシューは、近づいてくる人影に向かってあたふたと弁解を始めるものの、すぐにその人影に包囲されてしまう。

「なんでぇ、そんなもん海水で洗っときゃ治るだろーがよ」

マシューの首筋に、その棍棒のような腕をまわしながら無鉄砲のギャレスが言った。

「まさか手前ぇ、そんなつまんねぇかすり傷程度で医務室へ行こうってんじゃねぇよなぁ」

横から、厚みのある長身を折り曲げてのぞき込んですごむのはカギ傷のエミリオだ。

「わざわざ医務室へ行くまでもない。わしらで一丁もんでやろうわい」

締めとばかりに、熟練水夫のレイノルズが、真正面からニヤリと笑いながら近づいて、そのままマシューを船主側へと押し戻す。

ややあって、薄暗がりにくぐもった悲鳴が低く響き渡った。



「しばらく見ないうちに愉快な船になったね」

ドアの向こうの騒ぎに耳をそばだてていた猫目の男が言った。
ひょろりと背が高く、奇妙な異国風の衣装をまとっているのが、不思議とサマになっている。
身のこなしは軽く、数歩の距離をすべるように動いて、空いてるイスへ腰掛けた。
水でも流れるように力みがまるでない。

「抜け駆けはご法度だもんな、停泊中ぐらいは好きにさせるさ」

正面のテーブル越しに、憮然とした調子のブリアレオス。

「どいつもこいつも、日曜学校のガキじゃあるめぇし。舞い上がっちまって手に負えねぇよ。」

ゴスホーク最後尾の船長居室である。

船尾の大窓から差し込む光が逆光になって、ブリアレオスの表情は見えない。
けれど、逆光に浮かぶそのシルエットは、明らかにおかしかった。
服装は、やたらくたびれているが、いつもの万年パイレーツベスト。
きっと、世界の終わりにもこの格好でうろついてるに違いない。
おかしいのは頭だ。
中身も少しおかしいかもしれないが、今見えている外側は輪をかけておかしい。
なにしろ、長い髪があちこちで三つ編みにされて、突拍子もない方向へむけて無数に突き出している。
ウニかイソギンチャクのようだ、と猫目の男は笑い声をかみ殺しながら観察を続けた。

ブリアレオスの後頭部では、今もまさにイソギンチャクの触手が新たに生産され続けている。
恐れ知らずにも、百本腕のうしろで椅子の上に立ち、せっせと三つ編みを量産しているのは、ブリアレオスの背丈の半分にも満たない二つおさげの少女だった。

頭上で展開されるアートを意に介さず、ブリアレオスは表情を改めて、猫目の男に向き直った。

「俺達のサボってる間に、随分と情勢も変わっちまいやがったな。しかも、なんとなく気に食わねぇ流れだぜ」

「『賢人』(ワイズマン)と『樽守』(カスクキーパー)は陸へ上がってる。他にも何人かね」

「む、連中にゃさんざ苦労かけちまった。あわす顔がねぇってのはこのことだな」

しばしため息をついて押し黙る二人。
せっせと髪を編み続ける少女。

「とりあえず、これから俺ゃ香料諸島を目指す。例のブツ隠しにな。おっかねぇもん抱えてちゃあ動きづらくっていけねぇ」

「あっち方面には、さすがにまだ追っ手もかかってないよ。マラッカあたりなら協力者もなんとかなりそうなんだ。このネタで…」

言いながら猫目の男は、腰のポーチから封書を一通取り出した。
受け取ったブリアレオスは、巧妙に開封された封蝋を潰さないように中身を引っ張り出すと、さっと目を走らせる。

「…さすがにソツがねぇな。ありがたく使わせてもらう」

ニヤリと口角を崩すブリアレオス。
それを見て、ふぅ、と大げさに芝居じみたため息をつくと、猫目の男はその目をさらに糸のように細めてみせた。

「頭領が怠け者だと苦労するよ。たくましくならざるを得ないのさ」

違ぇねぇや、と爆笑するブリアレオスの頭は、すっかり三つ編みだらけのネギ坊主のようになっていた。
ブリアレオスは、ふと後ろを振り向いて言った。

「ナータ、堪能したらほどいといてくれよな。さすがにこんなザマじゃあ甲板に上がれやしねぇ」

目をあわせた少女はニッと笑った。




客人達が小さなボートで、岬の向こうの入り江へ回りこんでいくのを、ジョーは「カラスの巣」からライベンと一緒に見ていた。

船長の親しい仲間らしい客人達は、同じ入り江には船を停泊させなかったのだ。
もしも襲撃された時に、どちらかは必ず外海へ逃げられる為の工夫なのだとライベンは説明してくれた。
エスパドンに追いかけられたのを思い出して、ジョーは納得しかけたが、気になったので聞いてみた。

「だけど、船長は分かるけど、どうしてあのお客さんも追いかけられるの?」

「そいつぁ坊主にはまだちっと早いな。色々抱えて楽しく遊んでんのさ、船長達もな」

「遊びなの?」

「こんな勝手気まま、正気で出来るもんじゃないよ。船長も、あのヒョロ高い兄さんも、おさげの嬢ちゃんも、みんな筋金入りの酔狂者なのさ」

客の片方は、自分とそう変わらない年格好の女の子だったのに、船一隻を切り回す船長なのだと聞かされて、ジョーは随分驚きもしたのだったが。

「ほ、さすがは速足のオンマイビート。もうあそこまで沖出しさせちまった」

ライベンの声に、ジョーは岬の向こうへ望遠鏡を向けた。
すらりとした船が2隻、見えない糸でつながったようにするすると加速していくところだった。

ふと、そのジガーマストの先に翻る旗が、望遠鏡の視覚に入ってきた。
旋律を紡ぎだすリュートを描いた旗の隅に、あまりに唐突に青い菱形が染め抜いてある。

「ライベンさん、あの旗の青い模様はなに?」

望遠鏡をのぞいたままたずねるジョーに、同じ方向をこちらは素で見ながらライベンは答えた。

「ありゃあな、青いバラさ。ゴスホークの旗にも染めてあるよ。見たことないかい?」

言われたジョーは望遠鏡を振って、ゴスホークの船尾へ向ける。
本当だ、百腕巨人の旗の隅にも青い菱型がある。

「青いバラって何?」

またたずねるジョーに、ライベンはホッと笑って言った。

「さて、そいつぁ坊主にはちっと早い」


眼下の甲板では、巡回検診にあらわれたガブリエラに、水夫達が一斉に拍手喝采の大騒ぎをしているところだった。
posted by ブリアレオス at 14:07| Comment(2) | TrackBack(0) | Story of Hecatoncheir | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
突然お話が帰ってきて、オンマイ&ナータ登場。
シビれるね!
Posted by オンマイ at 2007年06月27日 00:14
お、ブログ再開ですか(^^

続き、期待してますので、ガンガン船を進めてください(笑)
Posted by ケイロン at 2007年07月06日 00:46
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