2006年05月19日

The March Of The Black Queen(前編)

のぼる朝日をバウスプリットに引っ掛けて、地中海を行くH.M.S.Goshawkに、朝直の四点鐘が響く。

岩の間のタコの抱えるタマゴのように、ハンモックの揺れる薄暗い下層甲板の一角。
ぼんやりと濁るランプの明かりを囲んで、交代を控えた左舷直の水夫達が、抑えた声でぼそぼそ話しながら朝飯を食べている。

「ジェイコブの野郎、軟膏の大瓶で頭ぁ割られそうになったってよ」

熟練水夫のレイノルズがスプーンを左右に振って言った。

「いや、マルチェッロのヤツなんざぁ、包帯で梁から吊るされたって話だ」

すかさずまぜっかえすのはカギ傷のエミリオ。

「右舷直のパトリスがな、夜半の六点鐘に部屋の前通ったら、明かりがついてて中からブツブツ声が聞こえたんだと」

無鉄砲のギャレスが、らしくもなく一層声をひそめる。

「や、やっぱり悪魔に魅入られてるんじゃあ…」

臆病者のマシューが心細げに語尾を震わせたのに、全員が顔を見合わせてうなずこうとしたその時だった。


「くだらねぇ相談してんじゃねぇ!! まとめてティレニア海に沈めるぞ!!」

いつのまに現れたか、ブリアレオスの一喝に、水夫達は蜘蛛の子を散らすように逃げ散った。
驚いてハンモックから落下した者もいたようだ。



話は一月半ほどさかのぼる。

ナポリに停泊し続けのゴスホークに、陸へ上がったままだったブリアレオスが戻ってきたのは、実に半月ぶりのことだった。
月明かりも射さない深夜、音も無く漕ぎ寄せたカッターから舷側をのぼったブリアレオスは、ハンスを通じて沖出しを命じると、そのまま船長居室へ直行した。

翌朝、鳴り響くホイッスルの「All hands on deck」。
上甲板へ集まった全乗組員を前にして、一段高い後部甲板の手すりから身を乗り出したブリアレオスは、ゴスホークへの船医の着任を言い渡したのだった。
専門の医者がおらず、なにかあるたびに痛い目をみてきたクルーからどっと歓声があがる。

しかし。

ブリアレオスの後ろから、おずおずと現れたその人影を見た途端、歓声は怪訝そうにしぼみ、ざわめきがそれに取って代わった。

Gabriela.JPG

「おい、女だぞ」
「それも尼さん」
「医者が尼ってのはどういう洒落だ」
「しくじってもお弔いまで面倒みます、ってかい」

女とくれば、客ですらめったに乗せる事のないブリアレオスの船だ。
客でない女で、しかも医者で尼で船に乗る。

未知の存在である。

ガサツな外見とはうらはらに、迷信深くて臆病な水夫達には、刺激がきつかった。
いつまでも静まらないざわめきに、ブリアレオスは、腰の後ろから二連装のフリントロックを引っこ抜いて、空へ向けてぶっ放した。

「うるせぇ、黙れ!! だーまーれー!!黙れってんだ、口々にしゃべんな!!」

一瞬にして静まり返った上甲板を睥睨しながら、ブリアレオスは続けた。

「ラ・コルーニャから来たガブリエラ先生だ。仲良くしろよ、手前ぇら」

有無を言わさぬ口調で睨みをきかせると、まだ銃口から煙のあがるフリントロックを放り出して、昇降口へと身を翻す。

飛んでくるフリントロックを難なく受け止め、おろおろするガブリエラを促して後に続くハンス。
再び蜂の巣をつついたような水夫達の大騒ぎ。
それを午前直への交代に追い立てるバーニィとスヴェン。

「…………」

その全てを見下ろしながら、無言で小さくクシャミをする檣頭のライベンだった。



てんやわんやのお披露目騒ぎが終わった後、下層甲板では、船長居室の隔壁が移動されて、その半分が船医居室兼診察室として新たに仕切られた。

そして3日後、最初に診察室へ担ぎ込まれたのは、クジに負けたジャクソンだった。
歯痛と吐き気を訴え(たことにして)、「暴れるから」という理由で縄をかけられたジャクソンは、仲間連中にかつがれて新任船医の前に放り出された。
ご丁寧にさるぐつわまで噛ませてあったのは、ジャクソンも気の毒としか言いようがない。

患者第一号発生の噂は瞬く間に船内に知れ渡り、直外員は無論のこと、当直員までかなりの数が、後部甲板の天窓めがけて見物に押し寄せる有様だった。
医者の珍しい時代である。
陸で生活していれば、短い一生のうちに、医者にかかることなどないかもしれない。
しかも内科医。
切ったり接いだりは慣れてるだろうというだけで、船大工が外科医の代わりをやっていたご時世に、内科医は非常に珍しいのだ。

繰り出される治療行為を今や遅しと待ち構える見物人ども。
事の成り行きにぐったりと声も無いジャクソン。

周り中から注目されて、気おされながらもガブリエラは、意外にも医者らしくジャクソンの診察にとりかかった。

「見ろよ、手首掴んでなにやってんだ」
「バカ野郎、脈みてんだよ、脈」
「今度ぁクチぃこじ開けやがったぜ」
「気合いれろ、ジャクソン。情けねぇ顔すんな」
「おっ、上着ひん剥いて何しようってんだ、ありゃあ」
「耳くっつけて音聴いてるぞ!」
「次ゃあ目だ!えぐり出そうってぇのか?」
「ヤツなら目の1個くれぇなくなっても困らねぇだろうがな」

ガブリエラの一挙一投足にいちいちどよめきはあがるわ、声高に見当はずれな評論は飛び交うわ、果ては掌帆長のバーニィまで混じって配給酒の回し飲みが始まる有様である。

「静かに!!」

凛と透き通った声が響いた途端、騒然となっていた診察室は、シンとなった。
固唾をのんで見つめる野郎どもの視線を受けながらガブリエラは、ようやくいましめを解かれたジャクソンへ向き直ると、おごそかに言い渡した。

「ジャクソンさんは生活習慣が悪すぎます」

たちまちあがる拍手喝采はしかし、ちらりと目をやったガブリエラの視線の向いた先から急速にしぼんでいく。

「診断結果に改善がみられるまで、ジャクソンさんは配給酒停止。あとは毎日の温浴、食事の際にヒマシ油を処方します」

宣告をうけたジャクソンは恨めしげに周りの連中を睨む。

それから、とガブリエラは付け加えるのを忘れなかった。

「歯痛ですけど、外科処置はハンス副長にお手伝い頂くことになってます。さっそくですけど、これから抜歯手術に移りますので関係のない皆さんは退出してくださいね」

いつのまに立ったか、ガブリエラの斜め後に腕組みして立つ鉄面副長の一瞥に、野次馬どもは雪崩をうって診察室から立ち退いたし、上甲板の天窓から覗き込んでいた連中は、これまたブリアレオスに追い払われてちりぢりになっていた。
その背後で診察室の扉が閉じられ、ややあってジャクソンの絶叫が轟いたのだった。


さて、着任から一週間。
ガブリエラは、精力的にゴスホーク船内を歩きまわった。
巡回内科検診ということにはなっていたが、ひるがえる僧衣とウィンプルを遠目に見た水夫連中は、我先にマストをのぼった。
ブリアレオスが、ガブリエラにマストをのぼることだけは、断固として禁じたからである。

後日ジャクソンの語ったところによると、診察室の扉が閉じたあと、いつものように眉すら動かさないハンスの手によって、ジャクソンはグラついていた左の奥歯を抜かれたうえに、焼けた鉄串で傷口を焼かれたという。
話を聞いた連中は恐怖に震えあがり、噂は枯野の火のごとく船内に広がって、一月もたつ頃には、診察室のある船尾へ近づく者はぱったりと絶えた。
当然ながら、うっかり風邪ひいたり怪我でもしようものなら、診察室送りは確実なので、船内の健康状態は著しい向上をみたのであった。

to be continued ......
posted by ブリアレオス at 11:45| Comment(17) | TrackBack(0) | Story of Hecatoncheir | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お、船医さんやっと登場ですね(笑)
続きも期待してます(^^
Posted by ケイロン at 2006年05月19日 13:14
『唾つけときゃ直る!』って感じのブリさんが船医さんを雇うとは…(笑)
自分も続きに期待♪
Posted by オンマイ at 2006年05月19日 15:51
うちも「消毒」だけは得意やでw
Posted by カパ☆ at 2006年05月19日 18:43
お酒でってこなのかな(笑)?
カパさんがお酒を飲む以外に使うなんて意外(笑)
Posted by ケイロン at 2006年05月19日 19:25
荒野に咲く一輪の華

されど、毅然と立ち振る舞う彼女に、
フリアレオスさんの、審美眼を垣間見ました。
Posted by Charlotte Fabian & Jeanne d'Arc at 2006年05月20日 02:28
セ:やった♪私のほうが船医ランク勝ってる♪

エ:セリ・・・あんた本職は?

セ:・・・「食品商」?

エ:自分のこと他人に聞かないでよ!!どっちにしても、もともと商人系のあんたがガブリエラさんと「能力値そっくり」ってどーゆーことよっ!!

セ:んー。まぁ、ひとそれぞれってことで♪

エ:気楽にいうなぁぁぁぁぁぁ!!(ぜいぜい・・・
Posted by エリス&セリス at 2006年05月20日 18:23
こんにちは、ランゾです。

同じ商会のベネットさんの所にも書いてありますが
名古屋でオフ会をしようかと考えています。
ご予定が合えばブリ船長も…と思ったのですが
いかがでしょうか?

今日からオスマン艦隊が攻めてくるようですので
自分はしばらく東地中海にいると思います。
インされたときにでもお声掛けください。
Posted by Ranzo at 2006年05月24日 08:38
旦那もいっしょにCAFE-de-Genovaのオフ会にいこーぜ!
Posted by カパ☆ at 2006年05月24日 13:33
おおう、娘っ子を船に揚げるたあ思い切りやしたねえ♪
Posted by ロドリゴ at 2006年06月01日 08:05
みんな、不義理しちまってすまねぇな。

今日から、手首の抜釘手術で入院だ。
はっきりしねぇが、来週くらいまでは出てこれねぇと思う。

すまねぇな。
Posted by ブリアレオス at 2006年06月06日 11:02
!!!
そうだったんですか!
お大事にしてください&復活をお待ちしております♪

みんな相変わらず元気に冒険してますよ♪
Posted by オンマイ at 2006年06月06日 11:34
そんなことになっているとは(@o@

無理せずに・・・・(^^;;;
Posted by ケイロン at 2006年06月06日 23:01
オンマイさんから、
手術すると聞きました。
いまは、安静なさって、
元気な姿で帰ってきて
くだされ。

こんな状態の時に、
とても失礼なことなのですが、

この度 ウチの商会「Lu Grand Bleu」を、
合併することに、決まりました。
そして候補として、ブリアレオスさんの
「OceanBlue_Roses」にしました。

元気な状態で復帰なさってからで
構いませんので
一度 代表のCharlotte Fabianが、
お会いしたいです。

よろしくお願いします。
Posted by Charlotte & Jeanne at 2006年06月08日 10:47
大変なこと書き忘れました

もちろん 当商会「Le Grand Bleu」は、解散します。
実質上の吸収合併の形です。
現在活動メンバー3名(キャラは4名)です。

Posted by Charlotte & Jeanne at 2006年06月08日 10:52
なんだかえらい目にあってるようだな・・・。
しかも抜糸じゃなくて抜釘・・・ボルトでも入ってたのかと思ってしまうが、とりあえず手術の成功及び安定を祈るわ。
Posted by Rakugo at 2006年06月08日 14:44
あわわ・・・。

何があったかよくわからないけどがんばってー
><
Posted by エリスさん at 2006年06月09日 06:42
!?
何やらえれぇ災難に遭われたようで・・・遅まきながらお見舞い申し上げまさあ;
じっくり養生なすって下せえ!
Posted by ロドリゴ at 2006年06月13日 06:00
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