2008年12月11日

Seven Seas Of Rhye (上)

寝ても醒めても視界を占め続ける、様々な諧調の青と白。

吹き付けるのは潮っぽく湿った風。

耳に聞こえてくるのは、時に高く時に低く、轟くような囁くような波の音。


数ヶ月に及ぶ航海で、数え切れないほど繰り返されたそうした諸々を、彼女は懐かしさすら覚えながら思い返している。
今、湿り気の多い風の他には、それらは彼女の周りにはない。

船は彼女を置いて、水平線の向こうへ去った。

彼女の旅は終わったのだ、ひとまずは。

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眼下に海を見下ろす丘の上の瀟洒な屋敷。

丘のふもとには建設途中の集落と港湾施設、そして沖へと伸びる突堤の所々には補強工事の続く堡塁が見える。
活気にわく港の辺りに比べればはるかにマシながら、この丘の上の空気も熱帯独特の蒸し暑さを帯びていた。
時折吹く風が一瞬の涼をもたらしてくれはするが、基本的にはぬるま湯の中を歩くようなものだ。

当然この屋敷もそうした気候には勝てず、遠い欧州の建築様式を風通しよくアレンジして建てざるを得なかった。
全ての部屋にある窓はあくまで大きく、戸の何枚かなどはバナナの葉を編んで作られているほどだ。


その開放的な屋敷の一角にある部屋は、奇妙なほどに暑苦しい気配に満ちていた。
海に面した窓の鎧戸は全開、戸もほとんど開け放ちに近いにもかかわらず。

部屋の奥には質素ながらも重厚なデスクが置かれ、そこに男が一人座っている。
この暑いのに、襟元を少しゆるめてこそいるもののドレスシャツにぴったりしたキュロット、真っ白な絹の靴下まできっちり履いて、略式ながらも正装だ。
神経の細そうな顔を苦々しげにしかめているのが、ますますもって暑苦しい。
そこだけ空気が淀んでいるのが目に見えるようだ。

視線の先には、浅黒い巨漢が丸太みたいな腕を組んで仁王立ちしている。

口の周りとアゴの縁を覆うヤマアラシのようなヒゲ。
素流しに長く伸ばした後ろ髪は、真ん中の一房だけをくくってこれも素流し。
世の権威という権威を、ことごとく斜めに見てせせら笑うかのごとき不敵な面構えは、頑丈そのものの白い歯並びを見せつけてニヤリと口角を崩している。
貴族めいて正装したデスクの男に対するこちらの格好はといえば、グレイの半袖シャツの胸元を大きくくつろげ、ヨレヨレの縫い取り付きベストも前を開きっぱなし。
ダボっと大きく仕立てた膝丈キュロットのスソは絞らず、足元に至っては下の港町で買ったらしいサンダル履きという有様だ。

現地人の小間使い女がぎこちなくお辞儀をして部屋から出て行った。
その後姿を、腕組みのまま顔だけ振り向いて見送る巨漢。
デスクの方へ向き直ると口を開いた。

「やっぱ陸へ上がっちまうと、ああいうのがグッとくるわけか」

予期しなかった、しかし余計に無礼な一言にデスクの男は目に見えてたじろいだ。

「な、なにを言うのだ、やぶからぼうに! だいたい貴様、ここをどこだと思っておるのだ! 貴様風情がのこのこ入り込めるような場所ではないのだぞ!」

かるく声まで裏返ってしまうあたり、よほど相性がよくないらしい。

「そう邪険にすんなって。どこも何もマラッカ総督府に決まってんじゃねぇか」

さも不思議そうな真顔で言い返してくるのが、一々癪に障る。
こいつがやっている以上、もちろんワザとである。

「あ、こら! だ、誰がイスを勧めた!」

「あぁ、いいってことよ、気なんざ使ってくれなくっていい。座るイスくらい手前ぇで探すさ」

勝手に部屋の隅から客用の革張りイスを引きずって来て後ろ前にデスクの前へ据え、跨がる格好で腰をおろす。
ますます無礼千万な態度だったが、辛抱だ。

「よっと……しかし、まぁ何だ。お前ぇさんがマラッカ総督たぁ……随分出世したもんだ」

相手の意図をはかりかね、とりあえず視線は合わさずに聞き流す。

のるな。
のるな、ギヨーム・デュポール。
お前は今やマラッカ総督で、相手は一介の船乗りではないか。
反応すれば相手のペースにまかれる。
過去、かかわりあいになって損こそしなかったが、ひどい骨折りを味わわされずに済んだことはない。
とにかく相手になってはならなかった。

「……ご挨拶は痛み入るが、忙しいのだ。ご用がないならお引取りを……」

使用人を呼んで追い出そうと、呼び鈴に手を伸ばす。

「さぁて、そいつだ」

イスを手前へ大きく傾けて跨ぎ越えると、数歩の距離を一気に歩み寄ってデスクに両手をつき、こっちの顔を覗き込んでくる。

「用なら大有りさ。用がなきゃ、わざわざ地球の裏っかわからお前ぇさんの顔なんざ拝みにこねぇってもんだ」

これはもう一喝して追い出していい無礼さ加減ではないのか。
よ、よし、追い出してやる、と何故か妙なすくみを覚えながら声を出そうと息を吸い込んだその瞬間。

「お前ぇさんにとっても悪ぃ話じゃねぇ。総督ポストはけっこう値も張ったこったろうし、色々と物要りなんじゃねぇのか、ギヨーム・デュポール総督閣下?……いや、勝ち逃げのデュポール」

いつの間にか横へ回り込み、親しげに肩まで組んで囁かれた台詞は、デュポールにとってもはや無視出来るものではなくなっていたのだった。



(to be continued……)
posted by ブリアレオス at 21:11| Comment(2) | TrackBack(0) | Story of Hecatoncheir | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
あれ?

更新されてる…

あれ?



ちょうど1年…か。
おかえりなさい。
Posted by オンマイ at 2008年12月17日 14:34
おお、久しぶりに更新してるし、
続きが有りそうな気配。

Posted by 奈々氏 at 2009年01月24日 21:29
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